「心」を知る

セックスレスだが、子どもが欲しかった夫婦の選択

最近、私の中での研究テーマは、

  • 自分軸と他人軸
  • 選択

です。

しかも、これらは相互に密接に絡み合うテーマです。

わたしの知人の話をご紹介します。


セックスレスなので体外受精


セックスレスのご夫婦なのですが、そこを解消することよりも、子どもが欲しいからそれを最優先で、体外受精で子どもを授かりました。


身体的に問題がないのなら、子どもはセックスで作るべきだと思っている人にとっては、
セックスレスを解消せずに、体外受精という手段をとったことに、しっくりこない人もいるでしょう。
でも、これ、何がいいとか悪いとかないと思うんですよね。

セックスレスは問題だと夫婦ともに思っている。でもそれをなんとかするよりも、子どもがいない状態の方が問題で解決策として体外受精を選んだということです。

これも「選択」だと思うのです。
このご夫婦の場合は、


セックスに関しては、
夫:できない、やる気にならない 
妻:セックスしたいが、夫がその気にならないのでできない

子どもに関しては
夫:欲しい 
妻:欲しい

で一致。

感情として積極的にポジティブに感じている感情は「子どもが欲しい」であって、セックスレスという問題に取り組むよりも、「欲しい!」を満たすために、体外受精という手段をとることを「選択」したのです。

パッションに基づいた選択

いちばん達成したいこと、手に入れたいことは何?というパッションに基づいた「選択」だったわけですよね。

ある意味、だんなさんのセックスをしたいと思えないという心も、例えば、精子の数が足りないという肉体的な事象と同様に、精神的に妊娠できない状態だとすれば、不妊治療として、体外受精を選択するのも、ありなんだと思います。

セックスレスはお二人にとって問題ではあったけど、それ以上に欲しいものがあったわけです。

少なくとも奥さまの方は、セックスレスについては、長らく問題視しています。
旦那様の方は、セックスがないと奥様に悪いなと思いつつ自分はその気にならないので、申し訳ないなという罪悪感はあります。

子どもは手に入ったけど、セックスレス問題が解決していないこのご夫婦がこれからどうなるのか?
わたしにもわかりません。

結局は、「選択」が現実を作っていく

こういう「癒し」の仕事をしていながら、いやしているからこそ思うのですが、

問題を癒してからでないと次に進めないわけではなく、問題はともかく「選択」によって次に進んでいくんだなと「選択」の持つ力について考えさせられます。

選択力で、人生が決まっていくのかも、とすら思います。

選択のベースになるのが、思考なのか感情なのか、はたまた両方なのか?

自分にとっての幸せになれる方向を選ぶ選択力のつけ方、これが本当に肝だなと思うのです。

自覚して選択していくこともあれば、潜在意識・無意識と呼ばれる自覚のない領域の「選択」もあります。

前者の方は自覚があるので、その場その場で意識的に選べます。
後者の方は、無自覚なので、これを自覚するには、コツ+慣れが必要です。わかった気で知るという感じですし。

と、ここまで書いても何がなんだかよくわからない話だと思いますので、また機会を改めて。


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